ギリシア神話の支配者1 ガイア①

 ギリシア神話の世界では、キリスト教世界のように世界が存在する以前から存在するような創造神(『聖書』の最初の記述は「初めに、神は天地を想像された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面をうごいていた。」)であり唯一絶対の神など存在しない。ギリシア神話で語られているこの世界の始まりには諸説あるが、ヘシオドスの記述(『神統記』)に従えば、次のようになっている(ホメロスは河神オケアノスを「神々の生みの親」、「万物を生成するもの」と呼んだ)。

            「いかにも最初にまずできたのはカオス」

 カオスとは、ふつう「無秩序な混沌」と解されているが、空間とも呼べないような暗黒の淵で、煙や霧のようなものが漂い、方向の定まらない突風が吹き続ける以外には光さえもない場所だったとされる。カオスは、「口を開ける」という意味の語根cha-にもとづき、世界の果てで大きな口を開け、神や人間を吸い込んでいる、古代ギリシア人にとって恐るべき存在だった。いったん吸い込まれると吹き荒れる風によって飛ばされ続け、脱出することもできない空間と追われていた。ただし、このカオスがどのようにしてできたかは不明。いずれにせよ、ギリシア神話においては、このカオスという暗黒の淵から神々は誕生する(ちなみに、日本においては、『古事記』には天地創造の記述はなく、『日本書紀』に「混沌から清らかなるものが分かれて天になり、濁ったものが大地となり、そこから神が生まれた」とあり、一見するとギリシア神話と日本神話は共通しているように思われがちだが、実は少し異なる。ギリシア神話の「カオス」は空隙や虚無、つまり「何もない空間」であるのに対し、日本神話の「混沌」は、「何かいろいろなものがないまぜになっている状態」を指している)。

 このカオスから最初に誕生したのが神は大地ガイア。

   「広い胸をしたガイア(大地)ができた、万物のとわに揺るがぬ座であるところの」

 ガイアは、オリュンポス山上の高い所や、大地そのものの中に住むすべての神々のしっかりした、永遠の住家である、胸幅広い大地。 続けて、カオスからタルタロス(冥界)とエロス(愛)が生まれた。タルタロスは大地からはるか離れた地底にある地獄のことであり、また男神でもある。地下の最深部にふさわしく、重罪を犯した神々が送られる牢獄のようなところで、暗黒でじめじめとした不気味な雰囲気が漂っている。一方エロスは、神々のなかで最も美しく、人の四肢をなえとろかし、すべての神々と人間の心を迷わし支配する男神。美しいもの、きれいなものを見たときに、自然に湧き上がってくる愛おしいという感情が、このエロスの登場とともに生まれることとなったが、さらに男女の間に恋愛感情を芽生えさせ、子どもの命を宿すのもエロスの力だとされる。

 カオスからはさらにエレボス(闇)とニュクス(夜)の二神が誕生。この世が始まって最初の結婚をしたのが、男神エレボスと女神ニュクスで、もちろん両者をとりもったのはエロスであり、夫婦となってすぐに男神アイテル(光)と女神ヘメラ(昼)が生まれた。

 さらに、大地の女神ガイアは、自らの力で、ウラノス(天空)、高い山々、ポントス(海)を産み落とす。続けてガイアは、息子ウラノスと交わり、12神(男神6、女神6)を産む。これがティタン神族である。

 ガイアの夫となったウラノスは天界を支配する最初の王となったが、そのウラノスから王権を奪取したのが息子のクロノス。そしてクロノスの支配を打ち破って世界統治権を手中に収めるのがクロノスの息子ゼウスなのだ。そして、ゼウス以前に実質的に世界を支配していたのは、ウラノスでもクロノスでもなくガイアだったのだ。どういうことか。

 単にウラノスを産んだのがガイアだったという意味ではない。クロノスによってウラノスの支配を終わらせる計画を立て、実行させたのがガイア、そしてゼウスにクロノスを中心としたティタン神族を打ち破らせたのもガイア、さらにガイアの産み落としたギガンテス、テュポンを破ることでゼウスの支配は確立した、ということだ。ガイアとウラノスからは、ティタン神族12神に続けて、さらに子どもが誕生。二組の三つ子キュプロクスとヘカトンケイル。円い眼という意味を持つキュプロクスは、その名の通り、額の中央に目が一つしかない傲慢な性格の巨人。またヘカトンケイルは100(ヘカトン)本の腕(ケイル)と50の頭を持つ怪物。父ウラノスは、こんな子どもたちを目の当たりにして、仰天したのと同時に烈しい嫌悪感を抱き、ついには、地底(タルタロス)に閉じ込めてしまった。これに激怒したのがガイア。たとえ奇怪な姿をしていても、自分が産み落とした大切な子ども。さらに、大地であるガイアは、お腹に重荷を詰め込まれ、辛さ、苦しさを感じていた。それまで多くの神々を育て上げ、仲睦まじい夫婦であったガイアとウラノス。二人の穏やかな関係も、キュプロクスとヘカトンケイルの誕生によって終止符が打たれる。

( アングル「ホメロス礼讃」ルーヴル美術館)

中央に女神ニケから冠をうけるホメロス

(ギュスターヴ・モロー「ヘシオドスとミューズ」オルセー美術館 ) 

竪琴をもって歩む若き詩人ヘシオドスとその背後から霊感を与えるミューズの女神 

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