『レ・ミゼラブル』⑥ジャヴェール警部2

 1832年6月暴動。6月5日~6日、パリ市民による王政打倒の暴動が起きる。この時、ジャヴェール警部は密偵としてバリケードに潜り込んでいたが見つかって拘束。処刑される予定だった。ところが、バリケードにやってきたジャン・ヴァルジャンによって救われる。「銃で処刑した」と見せかけて釈放されたのだ。「論理の人」、「法の権化」ジャヴェールは混乱してしまう。

「ジャン・ヴァルジャンは彼をめんくらわせてしまった。彼の一生のささえになっていた公理がひとつのこらず、この男を前にしてくずれてしまったのだ。ジャヴェールに示してくれたジャン・ヴァルジャンの寛大な気持ちが、ジャヴェールを押しつぶしてしまったのだ。・・・ジャヴェールはなにか恐ろしいものが魂の中にしみこんでくるのを感じた。徒刑囚をほめたたえる気持である。・・・・ 善をほどこす悪人。情け深くて、やさしくて、人の助けと なり、寛大で、善をおこなって悪に報い、許しでもって憎しみに報い、復讐よりも情けをえらび、敵をほろぼすよりわが身をほろぼそうとし、自分を打った者にも救いの手をさしのべ、徳の高みにひざまずく、人間よりも天使に似た徒刑囚!ジャヴェールは、こんな怪物がほんとうにいるということを白状せざるをえなくなった。」

「彼の信じていたものは、なにもかも消え失せようとしていた。望んでいなかった真実が冷酷につきまとっていた。これからは生まれ変わった人間になるよりほかなかった。彼は良心の目はいきなり白内障の手術を受けたみたいな、奇妙な苦痛を味わっていた。見るのもいやなものが目に入ってきた。自分がうつろになり、役にも立たず、過去の生活から切り離され、お払い箱になり、溶けてしまったような気がした。身内にもっていた権威が死んでしまった。もう生きていく理由がなかった。」

 ジャン・ヴァルジャンがミリエル司教に出会い、大きな愛に触れた時に似た状態だ。いや、かれは法に忠実に生きてきたのだから、これまでの自分を捨てる苦しみ、葛藤はジャン・ヴァルジャン以上だっただろう。過去を捨てて、新しい自分に従って生きていくことはジャン・ヴァルジャン以上に苦痛の選択となったはずだ。ジャン・ヴァルジャンはプチ・ジェルヴェ事件で新たな罪を犯しながら回心し、新しい自分を生きていった。もちろん、サンマチュウ事件、コゼットを失う悲しみなど回心後も葛藤は続くが。では、混乱したジャヴェールはどうしたか。

「世にもまれなひどい状態。そこから脱出するにはふたつの方法しかなかった。ひとつは、覚悟を決めてジャン・ヴァルジャンのところへ行き、あの徒刑囚を独房に送り返してしまうこと。もうひとつは・・・・・」

 彼は、パリ警視庁に辞表を提出し、セーヌ川に身を投げた。

「幽霊と間違いそうな人影が、手すりの上にまっすぐ立ち、セーヌ河の方にからだをかがめ、すぐまたからだを起こすと、闇の中に足からまっすぐに落ち込んでいった。水のにぶくざわめく音がした。そして、水中に消えたこのおぼろな人影の衝動的な行いの秘密を知っていたのは、ただ暗闇だけだった。」 

(ジャン・ヴァルジャンの要望を聞いてマリユスを運ぶ馬車を呼ぶジャヴェール)

(スパイがばれ拘束されるジャヴェール)

(セーヌ河に身を投げるジャヴェール)


(セーヌ河に身を投げるジャヴェール)

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