「太陽王ルイ14世」⑧ヴェルサイユ宮殿2

  これまでヴェルサイユは3度訪れた。宮殿の豪華さ以上に驚かされたのは庭園の広大さと仕掛けの面白さ。特に最後に訪れたときは、ルイ14世時代の音楽が流されていて、真夏の暑さも忘れて5時間近く歩き回ったことを覚えている。とにかく広い。日本三名園の広さは、兼六園11ha、偕楽園13ha、後楽園13ha。全国199箇所の文化財庭園の中で最大の庭園は高松市にある栗林(りつりん)公園で75ha。ヴェルサイユ宮殿・庭園はというと、なんと800ha。まさに桁違い。

 しかも広いだけではない。この庭園を整備したのはアンドレ・ル・ノートル。「王の庭師、庭師の王」と呼ばれ、フランス式庭園の様式を完成させた人物。彼の独創性は、何と言っても「泉水」による庭園装飾にある。静的な樹木と彫刻に動的な泉水を組み合わせることで、眼だけでなく耳も楽しませる仕組みを取り入れた。例えば「柱廊(コロナード)」。中央に「プロセルピナの掠奪」(フランソワ・ジラルドン)が置かれ、三十二本の大理石の円柱の間に噴水が軽やかな音色を奏でる。「舞踏の間」では、インド洋の貝殻やマダガスカル島の小石で装飾された階段を滝が流れ、その間に造られた観客席で人々は舞踏を楽しんだ。

 このようにそれぞれ異なる個性の泉水が木々が生い茂る庭園のあちこちに造られた。小さなものまで含めると、その数なんと1400!(現存するのは600)必要な水の量は一日6000トン。どうやってそれだけの水を確保したのか。セーヌ川である。しかし、セーヌ川までの距離は20km。それだけではない。標高差が150mある。「世界第八の驚異」とも称された「マルリーの機械」が制作され、三段に分けて徐々に水を揚げていく手法がとられた。水道橋の建設も含め6年以上にもわたる大工事で、大勢の労働者や国王軍の兵士たちが作業にあたった。途方もない費用がかかったうえ、過酷な作業のために死者も続出。さらに戦争が始まったために、工事を中断を余儀なくされたりしながらこの大工事は完成したのだ。

 ところでルイ14世は『ヴェルサイユ宮殿の庭園鑑賞法』を書いた。そこには散策者が取るべき道順、見晴らしの良い場所に関する簡単な指示が記されている。例えばこんな記述。 「『柱廊』に入り、中央へ行き、ひとまわりして、円柱、・・・レリーフ、泉水を見る。出るときに立ち止まって、・・・群像を見て、『国王の散歩道』のほうへ行く。『アポロ』へおりていき、そこで止まって、像、『国王の散歩道』の壺、『ラトナ』、宮殿を見る。運河も見る」  誰もが絶賛する宮殿、庭園をつくるため、またそれを知らしめるためにルイ14世が注いだ情熱が伝わってくる。

(『コロナード(柱廊)』)

 (『コロナード(柱廊)』)

(『コロナード(柱廊)』)中央が「大運河」。左下が「コロナ―ド」。

(『コロナード(柱廊)』)

(『舞踏の間』)

(『舞踏の間』)階段を流れ落ちる滝と噴水

(『舞踏の間』)インド洋の貝殻やマダガスカル島の小石で装飾

(「マルリーの機械」)

巨大な水車でセーヌ川から水を汲み、多数のポンプで3段階に分けて汲み上げ、右上の水道橋で20キロメートル先のヴェルサイユまで流した。

(プチ・トラン)ミニ・トレイン  庭園はあまりに広大なのでこれの利用がおすすめ

(アンドレ・ル・ノートル)「王の庭師、庭師の王」

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