「ヴィーナス像と美の条件」

  今回のローマ滞在では、教会のカラヴァッジョ、街中の泉、シクストゥス5世の街づくりを見ることを中心にコルソ通りの両側エリアを歩き回ったが、美術館もいくつかまわり印象に残った彫刻を写真に収めた。同一テーマの作品を後で比較して自分が魅かれる「美」について考えたくて。特にヴィーナス像。毎年のように見てきたルーヴルの「ミロのヴィーナス」を越える作品に出会いたかったが容易ではない。ヴァチカンの「クニドスのヴィーナス」は残念ながら見られなかったが、ピオ・クレメンティーノ美術館の八角形の中庭(ベルヴェデーレの中庭)で「ウェヌス・フェリクス」は見ることができた。またカピトリーニ美術館では「カピトリーノのヴィーナス」、「エスクィリーノのヴィーナス」を見た。しかし、どれも「ミロのヴィーナス」を越える魅力は感じなかった。いずれの彫刻も、鑑賞者がほとんどいなかったため、様々な角度から眺め、角度によって多少魅力が増すことはあっても、そこ止まり。しかし、最終日、ローマ国立博物館のひとつ「アルテンプス宮」で出会った、「ミロのヴィーナス」に匹敵するヴィーナスに。「クニドスのヴィーナス」。何が他のヴィーナスと違うのか?なぜ自分がこのヴィーナスに魅かれたのか?今も考え続けているがまだ十分な表現をできるまでには至っていない。自分の中では、ヴィーナス像の基準が「ミロのヴィーナス」にありそうなので、そもそも「ミロのヴィーナス」がなぜ美しいとされてきたのかを考えた。参考にしたのは高階秀爾『ミロのヴィーナスはなぜ傑作か?』と清岡卓行『手の変幻』所収の「ミロのヴィーナス」。清岡は「ミロのヴィーナスは、言うまでもなく、高雅と豊満の驚くべき合致を示しているところの、いわば美というものの一つの典型であり、その顔にしろ、その胸から腹にかけてのうねりにしろ、あるいはその背中の広がりにしろ、どこを見つめていても、ほとんど飽きさせることのない均整の魔が、そこにはたたえられている。」と述べながら、「ミロのヴィーナスを眺めながら、彼女がこんなにも魅惑的であるためには、両腕を失っていなければならなかったのだと、僕は、ふと不思議な思いにとらわれたことがある。」と述べ、両腕の欠如に重点を置いてその魅力を語っている。

「失われた両腕は、あるとらえがたい神秘的な雰囲気、いわば生命の多様な可能性の夢を、深々とたたえているのである。つまり、そこでは、大理石でできた二本の美しい腕が失われた代わりに、存在すべき無数の美しい腕への暗示という、不思議に心象的な表現が、思いがけなくもたらされたのである。それは、たしかに、半ばは偶然の生み出したものであろうが、なんという微妙な全体性への羽ばたきであることだろうか。」

 この意見を否定はしないが、両腕がないから魅力が増す側面よりも、両腕がなくても(あったとしても)魅力的な理由に自分の関心はある。そこで、高階先生の登場となる。彼は美術表現の根幹をなす美の条件を3つ挙げ、「ミロのヴィーナス」はその条件を満たしているとする。ではその3条件とは何か?第1は「部分と全体の調和」。具体的には八等身のカノン(規範)。七等身の「エスクィリーノのヴィーナス」と比較するとその違いが明確になる。しかし、「ミロのヴィーナス」を魅力的にしている核心は次の第2の条件に関係していると思う。それは、「動き」の導入、「コントラポスト」と呼ばれるポーズだ。S字型にひねった身体と重心を支える「支脚」、自由に動かせる「遊脚」によって生み出された、安定していながら動勢を感じさせるポーズだ。ミケランジェロの「ダヴィデ」もコントラポストのポーズをとり、静謐そのものでありながら動きが感じられ、魅力のひとつの源となっている。高階は第3の条件として「衣裳表現」、「写実的な理想主義」をあげる。理想化されていながらも決して観念的でない、リアルな身体表現だ。結局、インパクトと心地よさ、動と安定、写実主義と理想主義という相矛盾する要素の同時実現、共存こそ美の条件、少なくとも自分にとっての美の条件であるということのようだ。「アルテンプス宮」の「クニドスのヴィーナス」に自分がなぜ魅かれたのかもこの事から説明できるように思う。もちろん個人の好みの問題は残るが(「カピトリーノのヴィーナス」のようなふくよかすぎるヴィーナスはどうも好きになれない)。どちらか一方を安易に切り捨てることなく、矛盾する要請に身を引きされるような思いに堪えながら求め続けた者のみが美のひとつの極みに近づけるのだろう。

(ヴィーナスいろいろ)

(「ミロのヴィーナス」ルーヴル美術館) 

(「ウェヌス・フェリクス」ヴァチカン ピオ・クレメンティーノ美術館)

(「エスクィリーノのヴィーナス」カピトリーニ美術館)

まだ7等身

(「カピトリーノのヴィーナス」カピトリーニ美術館)

(「クニドスのヴィーナス」ローマ国立博物館アルテンプス宮)

この角度が最も魅力的に感じた。壁の絵は邪魔。この美術館の展示方法は疑問だらけだった。

(「クニドスのヴィーナス」ローマ国立博物館アルテンプス宮)正面

この角度だと、動きがあまり感じられない

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