「クレオパトラの晩餐会」

  カエサルがブルータスたちによって殺害された後のできごと。クレオパトラはアントニウスに、未だかつて無いほどの贅を尽くした宴会を開いてみせると豪語。二人はそれができるかどうかの賭けをする。クレオパトラが開いた晩餐会は、素晴らしくはあったがそれまでアントニウスが毎晩のように過ごしてきたものとほとんど変わらなかった。アントニウスが自分の勝利を宣言しようとしたその時だった。クレオパトラは微笑みながら侍女からビネガーの入ったワイングラスを受け取ると、その中に世界に二つとない最大級の真珠のイヤリング(1千万セステルティウス=一国の領地を買えるほどの価値)のひとつを投げ込み、ゆっくりとグラスを揺らして真珠を溶かすと、それを飲み干してしまったのだ。こうしてクレオパトラは、豪華晩餐会対決に勝利。ヤーコブ・ヨルダーンスやティエポロが作品を残している。

 確かにクレオパトラは機知に富んでいたのだろう。追放先から敵対者の妨害をかいくぐってカエサルと面会するために、絨毯にくるませてこっそり運ばせたことでもそれはわかる。教養も高かった。古代ギリシア最大の伝記作家プルタルコスは、クレオパトラについて『プルタルコス英雄伝』の中でこう書いている。

「 彼女は、ひと目でハッとするような絶世の美女というわけではなかったらしい。しかし、彼女の語る言葉はたとえがたいほどに魅力的だった。・・・さまざまなことばをたぐり、エチオピア人やトログロデュタ人、シリア人、アラブ人、ヘブライ人、メディア人、パルティア人と話すときにも、めったに通訳を必要としなかった。」

 しかし統治者としての能力は一流とは言えない。キケロから「肉体が頑丈なだけが取柄の無教養人で、酒に酔いしれ下品な娼婦とばか騒ぎするしか能のない、剣闘士なみの男」と評されたアントニウスと手を組んで(操って)、オクタヴィアヌス率いるローマと闘ってしまう。アクティウムの海戦に敗れ、最後は毒蛇に胸を噛ませて自決する。美しく、高い教養と機知に富んだ当時の地中海世界では群を抜いて魅力的な女性ではあったのだろう。しかし、彼女は一国の女王。その行動はエジプトの人民すべてに影響を与える。現状を正確に把握、問題を解決する力、すなわち知力が求められる。高い教養、知性と政治家、統治者に不可欠な知力は異なる。カエサル殺害後、彼の遺書が公開された。そこにはクレオパトラのことも、カエサルとの間にできたとされる息子カエサリオンのこともまったく書れていなかった。カエサルは、クレオパトラを愛したが、そのことによって統治者の眼が曇らされることは決してなかった。

(ジャン・アンドラ・リクセン「クレオパトラの死」トゥールーズ オーギュスタン美術館)

(ティエポロ「クレオパトラの晩餐会」メルボルン ヴィクトリア国立美術館)

(ヘラルト・デ・ライレッセ「クレオパトラの晩餐会」アムステルダム国立美術館)

(ヤーコブ・ヨルダーンス「クレオパトラの晩餐会」エルミタージュ美術館)

(ジャン・レオン・ジェローム「クレオパトラとカエサル」個人蔵)

 絨毯の中からカエサルの前に現れたクレオパトラ

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