「ユリウス・カエサル ~リーダーの条件~」②

 ナポレオンの人心掌握術も天才的だったが、プライベートにおける行動を見ると「幼さ」を感じる。イタリア戦線での奮戦ぶりを画家に描かせるためモデルになった時のエピソード。じっとしていることが苦手なナポレオンは、すぐ立ち上がったり、向きを変えたりして画家を困惑させた。それを見た妻のジョゼフィーヌが助け舟を出した。自分の膝にナポレオンの頭を載せた、要するに膝枕をさせたのだ。すると、ナポレオンはようやく落ち着き、おとなしく写生されるままになった、という。作家の城山三郎は『彼も人の子ナポレオン』のプロローグのタイトルを「生涯続いた幼児性」としている。

 カエサルには、その生涯を通じてそのような「幼さ」はまるで感じられない。あれだけ多くの女性と関係を持ちながら(その中には世界3大美女のひとりに数えられるクレオパトラも含まれる)「愛に溺れることはなかった」。カエサルはいわゆる美男子ではない。凱旋パレードのときに投げかけられたのは「禿の女たらし」。実際、40代後半からすでにはえぎわの後退が著しく、中頭部の頭髪まで額に向けて流したりして、禿頭を隠すのに苦労していた。痩せ型で背が高く、立ち居振る舞いに品格がただよい、教養と皮肉とユーモアが絶妙に配合された楽しい会話ができるとなれば多くの女性を惹きつけるのはわかる。しかし、ある史家は、元老院議員(当時の定員600人)の3分の1がカエサルに「寝取られた」とまでいっている。有名な愛人は、セルヴィーリア。「ブルータス、お前もか」で有名なカエサル暗殺の首謀者ブルータスの母で、20年もの間公然の愛人だった。元老院派に対抗するためカエサルが選んだ三頭政治のパートナーは、ポンペイウスとクラッスス。ポンペイウスは3度の凱旋式を行った“Pompeius Magnus” (「偉大なポンペイウス」)と呼ばれた大将軍。その遠征中に、妻ムチアとカエサルは関係を持った。そのことが明らかになると、ポンペイウスはムチアと離婚。再婚相手に選んだのがカエサルの娘ユリア。カエサルは膨大な借金もしていたが、最大の債権者がクラッスス。クラススはローマ一の金持ちで、その資産は国家予算の半分と言われた。そのクラッススの妻 テルトゥッラともカエサルは関係した。

 なぜそれほどカエサルが持てたのかも興味深いが、それ以上に面白いと思うのは愛人同士の対立や寝取った女性の夫とカエサルの間に決定的な対立が生まれなかったこと。トラブルを生むような女性を避けたことももちろんあるのだろう(例えば、当時のローマの社交界で最も華やかな存在だったクローディアとは関係していない)。愛人たちやその夫たちに対して、どういう形でかはわからないが満足を与え続けなければこのような結果は生まれない。それは、よほど深く人間を理解、把握していなければ不可能だろう。そして、そのことは国家レベルでの民衆統治にも当然生かされたことだろう。

 それにしてもなぜカエサルは、あれほど多くの女性と関係を持ったのか。肉体的な欲望ももちろんあっただろう。しかし、彼は何をするにも一つの目的だけでは決して動かなかった男。また、個人的欲望に流されて、自分の目標(元老院体制の改革、国家改造)を決して忘れることのなかった男。愛人たちから貴重な情報を得ることや人脈作りも考えていたに違いない。自分の野心の隠れ蓑にしていたのかもしれない。どれもが彼の目的のひとつだったろう。いずれにせよ、大望の実現のためにひたすらストイックに生きたわけでもないし、もちろん現在の欲望に溺れて大望を忘れることなど決してなかった。「仕事面ではストイックでも、私生活ではエピキュリアンであった」。実に見事なバランス感覚。だからこそ、「絶望的な状態になっても機嫌のよさを失わなかった、他者に責任を転嫁しなかった」のだろう。

(「カエサル像」ナポリ国立考古学博物館)

(ブロンズ製「カエサル像」リミニ トレ・マルティーリ広場)

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