「ナポレオン失脚の原因」⑤
勝海舟が江戸城無血開城を実現できたのは、彼が幕府だの藩だのといった枠組みを超えて「日本国」の視点でものを考えられたからだと思う。江戸に向けて進軍を続ける東征軍を前に、江戸城では侃々諤々の評定が行われる。大半の意見は徹底抗戦。小栗忠順は幕府陸軍を箱根に向かわせ、駿河湾に派遣した幕府艦隊による艦砲射撃で東征軍を分断し、箱根で包囲殲滅する挟撃策を主張。それは後に大村益次郎も語ったように十分勝ち目のある作戦だった。勝もそれに近い作戦を構想していた。しかし幕府側が一時的に勝利を収めても、その後日本はどうなるか。新政府側がイギリスの援助を要請し、世界最強のイギリス艦隊が加われば長期的な内戦になり日本は疲弊し、外国の食い物にされるのは中国を見れば明らか。勝が自らの命の危険(新政府側からとそれ以上に幕府側からの両方)も顧みず交渉による講和にこだわったのは、日本国の将来を考えてのことだった。
「日本国」という広い視野で、「長期的」な時間軸で考察すること、これが国家の指導者には不可欠だ。しかし、それが容易ではない。多くのものは、血縁関係、地縁関係に縛られ、その利益のために国家的利益を見失う。一族の利益、一党一派の利益のために平気で国家的利益を捨て去る行動に出る。旧約聖書の創世記12章にこんな一節がある。アブラムとはキリスト教における信仰の父アブラハムのことである。
「主はアブラムに言われた。『あなたは生まれ故郷 父の家を離れて わたしが示す地に行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民にし あなたを祝福し、あなたの名を高める 祝福の源となるように。・・・』アブラムは、主の言葉に従って旅だった。」
地縁や血縁は人間の健全さのために必要な神への畏れをなくさせる。それによって人間は、バベルの塔を建設するような愚かな行為に走り、結局自らを滅ぼす。神は、地縁や血縁といった自然的な共同体からアブラムを切り離し、神を結び目とする共同体を作り出すことによって、祝福への道を全人類に示そうとした。地縁や血縁の持つ力の大きさ、恐ろしさを十分わかっていたからだ。
ナポレオンは、征服した各地に親族を支配者と配置していった。一族の力を借りて、ヨーロッパ統合の夢を実現しようとした。しかし、その多くはナポレオンの期待した働きはできず、裏切りを働く者も少なくなかった。とりわけ、権力獲得まであれほどの政治的、軍事的天才ぶりを発揮したナポレオンの判断力を衰弱させたのは、世継ぎの誕生だ。もはや、彼の眼中には、フランスでもヨーロッパでもなく、ナポレオン王朝の継続しかなくなった。ナポレオン王朝が繁栄するためならば、フランスなどどうなっても構わない、極端に言えばそう考えるようになってしまった。血縁への執着からいかに自由になれるか、一国のリーダーに求められる不可欠の条件だと思う。
(ブノワ「ローマ王」)ナポレオン2世
(フランチェスコ・バッサーノ 「アブラムのカナンへの旅立ち」)
(レオポルト・ブッハー「ナポレオン2世」)
幼い時に父ナポレオンと別れたまま一度も再会する事なく、わずか21歳で死去
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