寒い江戸の冬の楽しみ方

12月に入り寒い日が続いている。しかし、江戸時代(特に前半)は今よりはるかに寒かった。「赤穂浪士討ち入り」は、元禄15年12月14日(1703年1月30日)、「桜田門外の変」は、万延元年3月3日(1860年3月24日)。いずれの日も雪が降っていた。「桜田門外の変」では、剣の達人たちが井伊直弼を護衛していながら、なぜ井伊を守り切れなかったのか?それは、護衛たちが雪のため雨合羽を羽織り、刀の柄、鞘ともに袋をかけていたため、とっさの迎撃が困難になったためだ。

 雪景色を描いた浮世絵を見ていると、江戸時代の寒さがひしひしと伝わってくる。今では、滅多にお目にかからなくなった「雪だるま」。江戸時代は、達磨だけじゃなく様々な動物を形にした。蛙、猫、ウサギなど実に多様。子どもが作るのはただの大きな雪玉。浮世絵に描かれる動物の形の「雪だるま」を作っているのは大人ばっかり。寒さもものともせず、夢中になって作っている。雪の日の楽しみ方はほかにもある。「雪見とはあまり利口の沙汰でなし」と川柳に詠まれたが、雪見を楽しむ風流人たちもいた。芭蕉も「いざゆかん雪見にころぶ所まで」という句を残している。金などかけなくたって、気候のいい春秋だけでなく、暑い夏にも寒さ厳しい冬にもそれぞれの季節の楽しみはある、それを楽しめる心さえあれば。

国貞「源氏十二ヶ月之内 雪見月」

国芳「初雪の戯遊」

広重「江都名所隅田川雪見之図」

広重「江戸名所 御茶の水」

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