「いざ吉原へ」11 妓楼(5)登楼①

 客が妓楼にあがることを「登楼」という。その方法は、引手茶屋を通すか通さないかで大きく2種類に分かれる。引手茶屋を通さず、客が直接妓楼に出向いて登楼するのが「直(じ)きづけ」。初めての場合(「初会」)、客は張見世で遊女をながめ、好みの遊女を見世番の若い者に告げると、あとは若い者がすべて手配してくれる。初めてでない場合(「馴染み」)は、そのまま妓楼に入っていくと若い者が馴染みの遊女を手配してくれる。

引手茶屋を通す場合にも、遊女を茶屋に呼ぶか呼ばないかで二通りあったが、支払いはすべて引手茶屋が立て替えるだけに、初めての客は最初にかなりの金額の入った財布を預けておかねばならなかった。茶屋の案内で登楼する場合(遊女を茶屋に呼ばない)、馴染みの客なら、若い者を妓楼に走らせ予約を入れる。初めての客の場合はまさに引手茶屋の腕の見せどころ。客の好みを聞き、懐具合を見抜き、どの妓楼に案内し、どの遊女と組み合わせるかを考えなければならない。客が実際に遊女を見て決めたいと言えば、張見世に付き合うこともあった。そして茶屋の亭主や女将の酌で酒を飲むうち(下戸の場合は菓子)、そろそろ時分はよしとなり、箱提灯をさげた引手茶屋の女将や若い者の案内で妓楼に向かう。

 もっとも贅沢で、金のかかる遊び方は、遊女を茶屋に呼び寄せる場合で、客は大尽(だいじん)気分を味わうことができた。まず、茶屋の若い者が妓楼に走り、指名の遊女に声をかけて茶屋に来るよう要請する。花魁の場合は、新造や禿などを共に従えて引手茶屋に向かう(これも「花魁道中」のひとつ)。花魁の一行がやって来ると、二階座敷で酒宴。すでに幇間や芸者を手配している場合もある。そして、しばし飲食、歓談した後、あらためて妓楼に向かう。このとき、客は花魁のほか、供の新造、禿、引手茶屋の女将や若い者、幇間や芸者迄引き連れることになり、晴れがましい道中である。費用は一晩で、現代の感覚で百万円くらいかかり、まさに豪遊だった。

 妓楼での流れを見てみよう。すでに「馴染み」の客の場合はそのまま遊女の個室に案内されることもあるが、「初会」の客はまず引付座敷に通され、ここで遊女と初対面し、盃を交わす。その後、別の座敷に移って酒宴となる場合もあるが、宴席はもうけず、すぐに遊女と同衾したがる客(「床急ぎ【とこいそぎ】」)の場合は、妓楼の若い者が、遊女の部屋や廻し部屋にもうけられた寝床に案内した。用意された寝床につくと、禿が煙草盆や茶を持ってきて、枕元に置いた。若い者が寝床のまわりを屏風で囲う。ここで、引手茶屋の女将や若い者などは翌朝の迎えの刻限を確かめた後、ようやく引き取る。

 あとは寝床にひとりになる。ただし、遊女がすぐに来るとは限らない。「廻し」という仕組みがあったからだ。「廻し」とは、遊女に同時間帯に複数の客をつけること。妓楼が売り上げを伸ばすための方策だったが、遊女にとっては過重労働だった。この場合本来なら、遊女は客の寝床を行き交い、平等に扱わなければならないのだが、毎日、一晩のうちに複数の客を相手にしていたらとても体がもたない。気分や体調がすぐれないときもある。そこで、遊女は色々な理由をつけて、客を「ふる」ことがあった。客に向かって「ちょいと待ってておくんなんし」などと気休めを言い、結局戻ってこないのである。客にしてみれば規定の揚代を払いながら寝床に放っておかれ、独り寝を余儀なくされるのだから、こんな理不尽はなかった。とかく妓楼では、廻しは悶着の種だった。隣室の淫声や物音が聞こえてくるだけに、待たされる客はつらかったことだろう。

 部屋にはいってきた遊女は帯を解き、着物を脱いで、寝床のまわりに立てまわした屏風にかける。その後、夜着をまくってそっと客のそばに寄りそう。「遊女はけっして床着(とこぎ。寝巻)を脱ぐことはない」、というのは一種の遊女伝説。手練手管のひとつで、「あなただけよ」という形で客を喜ばせるために床着を脱ぐことはあった。ただし真夏限定。室内をあたためる暖房のなかった当時、冬などに真っ裸になるのはとうてい無理だった。

石川豊信「妓楼の酒宴」

 出費を惜しまぬ遊興ぶりで、武士の客を囲んで、左側が花魁、右側が新造。前列は右から若い者、遣手、幇間、禿、女芸者。

細田栄之「青楼江戸紫 まつ葉や内 瀬川 ささの 竹の」

 呼び出され仲の町の引手茶屋へ向かう花魁道中

『青楼絵抄年中行事』 

 引手茶屋から妓楼に向かう花魁一行と客たち。花魁道中ではない。

鈴木春信『風流艶色真似ゑもん』 初会

『青楼絵抄年中行事』 

 ‏狎(いろ)客。単なる馴染み客ではなく、末は夫婦と約束した仲。

渓斎英泉「浮世吉原大全 名代の座舗」

 床着姿の遊女。これから客の寝床に向かうところ。口にくわえた御簾紙(みすがみ)は事後処理用で、遊女は必ず持参した

国貞「吉原遊郭娼家之図」五枚続きの中央 

 遊女の個室。左奥では酒宴なか、右奥はこれから床入り、手前の大廊下に出てきた遊女はお務めをはたしてきたところ。

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