「中世フランスのこころ」10 ジャンヌ・ダルク②歴史への登場

 ジャンヌ・ダルクが歴史に登場した1429年、フランスは王位継承をめぐるイギリスとの「百年戦争」のただなかにあった。とくに1415年以後、フランスは有力な王族ブルゴーニュ公と手を結んだイギリスに、連戦連敗。1418年にはパリを奪われ、さらに1422年に国王シャルル6世が死ぬと北部フランス全体がイギリスの手に落ち、正統な王位継承者である王太子シャルル(のちのシャルル7世)は戴冠式を挙げることもできぬまま、ロワール川の南に逃れ、失意の日々を送っていた。

 ジャンヌ・ダルクは、1412年頃、フランス北東部の村ドンレミの裕福な農家に生まれた。彼女は、ほかの娘たちと同じように家事にいそしみ、ときには畑仕事も手伝う平凡な少女に過ぎなかった。ジャンヌの親友オーヴィエットは、後に裁判の中でこう語っている。

「ジャンヌは善良で、つつましく、やさしい少女でした。彼女はよく進んで教会に行っていましたが、自分がそんなに信心深く教会に行くことについて他人にふれられるのを、恥ずかしがっていました。私は当時この村にいた司祭から、彼女がたびたび告解にきたということを聞いています。ジャンヌは他の娘たちと同じように忙しく暮らしていました。家事に精を出したり、糸を紡いだり、ときには、父親の羊の番をしているのを見たことがあります。」

ジャンヌはほかの少女たちと同じように、当時のフランスが陥っている悲惨な状況を聞きながら育ち、敵の軍隊の接近を告げる警報が鳴るたびに、村の人々とともに、近くの要塞に避難していた。

 こんなジャンヌが、不思議な呼びかけを聞くのは「13歳の頃」、つまり1425年頃。のちに彼女は、それは大天使ミカエル(フランスの守護天使)の声だったと語っている。その声はジャンヌに対して、「フランス王を救いに行け」と告げた。そうしたお告げは、「週に2~3回」くりかえされたが、ジャンヌは3年ほどそのことを誰にも話さず、ただ声の告げるとおり、神に自らの身を捧げ、生涯処女を守り続けることを誓った(「処女誓願」自分の人生を築いて子孫を残すことを放棄することで、人生のすべてを神のために捧げるという宣言)。彼女が自ら「乙女ジャンヌ」(「ジャンヌ・ラ・ピュセル」Jeanne la Pucelle)と名乗り、人びとも彼女をそう呼ぶようになったのは、このことに由来している。

 ジャンヌは次のように供述している。

「声は私に、フランス国王を救いに行くよう告げました。・・・声は私に、オルレアンの町の包囲を解くように言いました。また、ヴォークルールの要塞にいる(守備隊長の)ボードリクールに会いに行くようにも言いました。彼が、私に同行してくれる従者を用意してくれるだろうと告げたのです」。

 ここで押さえておく必要があるのは、当時、周辺の町がほとんどイングランドおよびブルゴーニュ派に従う中、ヴォークルールはアルマニャック派(王太子シャルル派、王党派)に与してイングランドに反抗していたということ。守備隊長ボードリクールは、シャルル7世に臣下の礼をとった騎士で、ブルゴーニュ派のシャンパーニュ地方に隣接しながら王党派の飛び地であるドンレミ地域を、孤高に守っていた。だから、シャルル7世に会いに行きオルレアンを救いに行こうとしたジャンヌ・ダルクがまず接触しようとした相手がボードリクールだったのは、現実的で理にかなっている。 

最初のお告げから約3年後の1428年5月、いとこの家を訪ねるという名目で、ジャンヌはヴォークルールに向かう。だがこの時ジャンヌは、守備隊長ボードリクールに会うことはできたものの、相手にされず追い払われてしまう。しかしジャンヌの決心が揺らぐことはなかった。翌1429年1月に再びヴォークルールを訪れたジャンヌは、ジャン・ド・メスとベルトラン・ド・プーランジという2人の貴族の知己を得る。この2人の助けでボードリクールに再会したジャンヌはボードリクールつめよる。

「フランスは一人の女性(暗に、シャルル6世の王妃、シャルル7世の母親であるイザボー・ド・バヴィエールをさす)によって堕落するが、ロレーヌの森に住むひとりの乙女によって救われるという予言をご存知ないのですか」

ヘルマン・スティルケ「神の声を聞くジャンヌ」1925年 エルミタージュ美術館

「大天使ミカエル像」サン・ミシェル大通り パリ

「モン・サン・ミシェル」(聖ミカエル山)

ルカ・ジョルダーノ「大天使ミカエル」ウィーン美術史美術館

ジャンヌ・ダルクの生家 フランスの歴史的建造物に指定されている

イザボー・ド・バヴィエール

 あらゆる淫蕩、陰謀に身をまかせ、フランス王である狂気の夫シャルル6世を裏切り、義弟と通じて私生児を産み、ついにはフランスを敵国イングランドに売って、王国を戦乱の嵐に投げこんだフランス史上随一の悪女

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