「ナポレオンを育てた母と妻」9 「勝利の聖母」ジョゼフィーヌ

 ナポレオンが赴任してから、それまで成果のあがらなかったイタリア戦線は連戦連勝。「ナポレオン・ボナパルト」の名がヨーロッパ中に轟いた。しかし、ナポレオンは愛しの妻ジョゼフィーヌから引き離されたことがつらくてたまらない。毎日のように妻に宛てて手紙を書く。一日に何通も書くこともある。

 こんなに女房のことが気になるようでは、戦争どころではあるまいと思われるのだが、ナポレオンは仕事の方もバリバリこなしていた。ナポレオンは睡眠時間を削って仕事に没頭していたが、それでも、どんな激しい戦闘があった日でも、どんなに仕事が忙しい日でも、ジョゼフィーヌに手紙を書かない日は一日もなかった。恋の炎が士気を高め、勝利の高揚がさらに恋の炎をかきたてていったようだ。

 ではジョゼフィーヌの方はどうだったか?新婚早々、夫婦が離れ離れになって泣いたのはナポレオンで、ジョゼフィーヌはまるで違った。毎日のように届く手紙にジョゼフィーヌは驚き、そのうちうんざり。友人たちに回し読みさせたり、封も切らずに打ち捨てておくようになる。返事もほとんど書かない。

「あなたからの、愛しいあなたからの手紙が来ない!いとしのきみからの手紙がないことくらい、わたしの激しい苦しみはないことを、いとしいあなたは忘れてしまったのか、それとも知らないのか?・・・・盛大な祝宴を私のために開いてくれた。五、六百人もの魅力的な美女が私のご機嫌を取ろうとした。でも、あなたのような女性は一人もいなかった。」(5月23日)

 夫がイタリアで次々に勝利をおさめていることは、もちろんジョゼフィーヌにとって気持ちのいいものだった。人々は、ナポレオンが夫人を熱烈に愛していることを知っていた。将軍を勝利へ、栄光へとかきたてているのは、夫人への愛。イタリアからの新しい勝利の知らせが伝えられるたびごとに、ジョゼフィーヌの星は輝きを増し、人々にちやほやされ「勝利の聖母」と呼ばれるようになる。しかし、ジョゼフィーヌにとっては、イタリアの戦場での出来事など、はるか彼方での事件に過ぎない。ナポレオンからの情熱的な手紙も、気持ちをくすぐりはしたがただそれだけのこと。そんなことより、今晩どのドレスを着て夜会へ行くか、どのアクセサリーをつけるか、ということのほうがはるかに大事だった。そばにいて笑わせてくれる男、楽しませてくれる男、まめに世話を焼いてくれる男の方がよかった。早くイタリアに来い、というナポレオンの呼びかけはますます調子の強いものになってきたが、ジョゼフィーヌにはイタリアへ行く気など全くない。「体の具合が悪い」とか、「病気になった」とか、いろいろ口実を作るが、ついには「子供ができた」とまで言う。ジョゼフィーヌにはすでに愛人がいたから。9歳年下(23歳)の陸軍中尉イポリット・シャルル。ジョゼフィーヌの好みにぴったりの、優雅でたくましい美青年だった。ナポレオンがイタリアに発って一か月ほどして知り合い、ジョゼフィーヌは夢中になる。

 手紙の返事もよこさない、イタリアへ来ようともしないジョゼフィーヌにしびれを切らしたナポレオンは、自分がパリに戻ると言い出す。これにあわてたのが総裁政府。ジョゼフィーヌの説得にかかり、ついに命令を下す。これにはさすがのジョゼフィーヌも従わざるを得ない。しかし、おそらく条件を付けたのだろう。重い腰を上げ、馬車に乗ったジョゼフィーヌの隣にはイポリットの姿が見えた。ナポレオンはジョゼフィーヌと7月13日にミラノのセルベローニ宮殿で再会するが、その後もジョゼフィーヌに振り回される。1797年1月のリヴォリの戦いの勝利の後、レオベンで和平条約に調印(これをもとに1797年10月18日、オーストリアとフランスの間に、カンポ・フォルミオの和約が結ばれる)。パリから政府がいろいろと指示してきたが、ナポレオンはそれをほとんど無視し、自分の考えに従って政策を推し進めていく。ナポレオンは本拠をセルベローニ宮殿から、ミラノ近郊のモンテ・ベッロ宮殿(初めて開かれたナポレオンの宮廷と言われている)に移した。君主のようにもてはやされるナポレオンの傍らにはジョゼフィーヌ。ようやく彼女も「ボナパルトもまんざら捨てたものではないわ」と思い始める。

イタリア方面軍司令官ナポレオン

オラース・ヴェルネ「アルコレ橋を渡るナポレオン」

グロ「アルコレ橋のナポレオン」ヴェルサイユ宮殿美術館 

 どうしてもナポレオンの肖像画を描きたかったアントワヌ=ジャン・グロは、ミラノに赴くナポレオンの妻ジョセフィーヌに同行し、セルベッローニ宮殿でナポレオンと会見、デッサンをとることができたという。

アンリ・フェリックス・エマニュエル・フィリッポトー「リヴォリの戦い」

アンドレア・アッピアーニ「ジョゼフィーヌ」

イポリット・シャルル

ミラノ セルベローニ宮殿 外観

ミラノ セルベローニ宮殿 内部

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