「ギリシア神話と名画」6 ゼウスの正妻ヘラ(2)

 ゼウスが交わった女神、女性やその間に生まれた子どもへのヘラの迫害で最も有名で、最も凄まじいのはヘラクレスに対するものだろう。ゼウスは、巨人族(ギガンテス)との戦いに勝利するため、ディオニュソスの他にももう一人、どうしても人間の腹から生まれさせねばならなかった。ゼウスは、ミュケネ王エレクトリュオンの娘で非凡な美貌のアルクメネに目をつける。しかし、そこには一つの大きな障害があった。彼女にはアンピトリュオンという婚約者がおり、しかも非常に貞節であり、たとえゼウスが言い寄っても貞節を汚すようなことは決してないと思われたからだ。しかし、絶好の機会がやってくる。アンピトリュオンが戦争に出かけることになったのだ。そして出陣前にアルクメネは「戦争に勝って凱旋されたら、私をあなたの妻にしてください」と約束した。アンピトリュオンの軍勢は輝かしい大勝利を収める。そしてアンピトリュオンが凱旋してくる前夜の事。まず、ゼウスは太陽に「今から三日間、空に出るな」と命令する。そして、アンピトリュオンに変身してアルクメネのもとへ。実際に起きた通りの戦いの模様を話して、自分をアンピトリュオンと信じ込ませ、思いをとげる。こうしてゼウスはアルクメネにヘラクレスを宿らせたのだった。

 ヘラクレスがうまれて間もなく、寝ている部屋に毒蛇が送り込まれた。もちろんヘラの仕業。しかし、ヘラクレスは平然と毒蛇の首を捕まえると、苦も無く絞め殺してしまった。やがてヘラクレスは、人並外れて巨漢で、逞しい英雄に成長。18歳の時には、キタイロンの山に住み、牛の群れを荒らしていた巨大なライオンを退治し、勇名を天下にとどろかせた。その後、テバイのために大手柄を立て、テバイ王クレオンの長女メガラと結婚。子どもにも恵まれ仕合せな暮らしを送っていた。しかし、そんな幸福な暮らしを続けることをヘラは絶対に許さない。ヘラはヘラクレスを発狂させる。そして発狂したヘラクレスは、自分の子どもたちを敵と思い違えて、一人残らず射殺してしまった。正気に返った彼は、自分の犯してしまった罪に気づき、愕然としてデルポイに向かう。「自分は何をしたら、この罪を償うことができるのか」と尋ねるヘラクレスにくだったアポロンの神託はこうだった。「ティリュンヌへ行きエウルステリュス王に仕え王が命じる仕事を果たせ。」こうして有名なヘラクレスの冒険「十の難行」(後に二つが追加され「十二の難行」)がスタートする。

 ところでヘラクレスとヘラの物語。最後はギリシア神話には珍しくハッピーエンド。長い苦難の一生を終えたヘラクレスはオリュンポスに迎え入れられる。ゼウスは、ヘラクレスが人間であった間、彼を苦しめ続けたヘラにも、ヘラクレスと和解するよう命じる。ヘラは過去をすべて水に流し、ヘラクレスを以後は自分の息子の一人と見なすことを約束。そして、ヘラクレスを、自分の娘ヘベ(青春の女神)と結婚させた。

ティントレット「天の川の起源」ロンドン・ナショナル・ギャラリー

 ゼウスの正妻ヘラの復讐に怯えるアルクメネは、母乳が出なくなってしまう。そこでゼウスは、赤子のヘラクレスを飢えさせまいと、ヘラを眠らせ、彼女の「不死の乳」を飲ませることにした。この絵はその場面を、ヴェネツィア派の巨匠ティントレットが描いた代表的な神話画。

 真珠をあしらったブレスレットと頭飾りを身に着けて眠っている女性はヘラ。画面左端にヘラを表すアトリビュートである孔雀が描かれていることからわかる。では赤ん坊にヘラの父を吸わせている男は誰か?ヘルメスとしている解説もあるが、正しくはゼウス。画面中央を飛翔する鷲はゼウスを表す典型的なアットリビュートであり、その両脚にゼウスの最強の武器ケラウノス(雷霆)をつかんでいる。

 では、なぜこの絵のタイトルが「天の川の起源」となっているのか?怪力で有名になるヘラクレスは、赤子であってもあまりにも強い力で乳を吸った。そのため、ヘラはその激痛で目を覚まし、ヘラクレスを払いのける。その時たくさんの母乳がこぼれ、天の川になったというのだ。「天の川」のことを「Milky Way」(ミルクの道)と呼ぶのはそのためである。

ルーベンス「天の川の起源」プラド美術館

「毒蛇を絞め殺す幼子ヘラクレス」ローマ カピトリーノ美術館

ベルナルディーノ・メイ「毒蛇を絞め殺す幼子ヘラクレス」

アレッサンドロ・トゥルキ「荒れ狂うヘラクレス」アルテ・ピナコテーク ミュンヘン

 ヘラによって発狂したヘラクレスは、自分の子を皆殺しにする


「ファルネーゼのヘラクレス」ナポリ国立考古学博物館

「十二の難行」を終えて休息している姿が表現されている。カラカラ浴場から出土。

アントニオ・カノーヴァ「ヘベ像」エルミタージュ美術館

スタフ・アドルフ・ディーツ「鷲に変じたユピテルとヘベ」アムステルダム国立美術館

 へべは、オリュムポス山の神々の宴会における給仕係の役割を担い、青春を司る女神にふさわしく、神々の若さを保つための不死の霊薬であるネクタール(神酒)やアムブロシアーを出す役目を負っている。

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