「ギリシア神話と名画」5 ゼウスの正妻ヘラ(1)

 日本人にはなじみが薄いようだが、ゼウスの妻と言えば何と言っても有名なのはヘラ。ゼウスの姉であり、オリュンポス女神の最高神。ギリシア世界各地で崇拝され、南イタリアでもアグリジェントやパエストゥムのヘラ神殿は世界遺産にも指定されている見事な神殿だ。ヘラは花嫁、結婚、母性の守護神。「ジューン・ブライド」(6月の花嫁)も彼女に由来する。ヘラのローマ神話名はユノ-。英語名はジュノー。英語の「ジューン」(6月)はヘラに由来するのだ。だから、結婚の守護神ヘラに守られている6月の花嫁は幸せになれるというわけだ。

 またヘラはオリンピックの「聖火」とも関わっている。この「聖火」、オリンピック発祥の地ギリシアで採られ、聖火ランナーによってオリンピック開催地まで届けられることは誰でも知っているが、一体ギリシアのどこで、どのように採火されるのか?この聖火、オリンピックの開会式が行われる数ヶ月前に、古代オリンピックが行われていたペロポネソス半島のオリンピアにおける「ヘラ神殿」跡で採火されているのだ。聖火トーチへは、太陽光線を一点に集中させる凹面鏡に、炉の女神ヘスティアを祀る11人の巫女(今は女優が演じる)がトーチをかざすことで火をつけている。また、この儀式の本番は非公開とされており、テレビ等で見られる採火の場面はマスコミ向けの“公開リハーサル”とのこと。なお男子禁制の儀式である。

 ところで、ヘラのイメージというと、ゼウスの浮気に苦しみ、激しい嫉妬の炎を燃やす姿。もちろん、ヘラがそのように嫉妬深かったのは、彼女が結婚と妻の地位の守り神だったため。そのため、ヘラ自身は貞操観念が強く、ゼウス以外の男性と交わりを持つことは決してなかった(禁欲的だと他者に厳しくなるのはヘラも同様)。ただ、不思議なのは、本来ならば浮気をした当事者を責めるべきにもかかわらず、ヘラの怒りの矛先はゼウスではなく、関係を持った女神や女性、その子どもたちに向いてしまうこと。ゼウスが交わった相手に責められる点など皆無といっていいにもかかわらずだ。なにしろ、ゼウスは変幻自在に姿を変えられる。自分が交わりたいと思った相手に、相手が油断してしまうあらゆる姿に変身して近づく。

 例えば、ダナエの場合。ダナエはアルゴスの王アクリシオスのひとり娘。子どもはこのダナエだけだった。世継ぎの事を気にかけた王は神託をうかがいに行く。そこで恐るべき神託が下される。「ダナエからは息子が生まれる。その子はやがて祖父であるお前を殺すだろう」孫が男児であれば王位継承は可能。しかし、自分が殺されるのは避けたい。神託に恐れおののいたアクリシオスは、王宮に青銅でできた密室をもうけて娘ダナエを閉じ込めてしまう。警備は厳重で、異性どころか女性さえも近づけないほどだった。しかし、アクリシオスがどんなに厳重にダナエを隔離しようとゼウスには通じない。あるとき、青銅の部屋で退屈な日々を過ごしていたダナエは、、窓の外で雨が降り出したのに気付く。乾燥のはげしいアルゴス地方。珍しく降り出した雨を見ようと窓のそばまで近づくと、驚くことにその雨は黄金色に輝いていた。その美しい光景に見とれるダナエ。しかし彼女の心を奪った黄金の雨の正体はゼウス。こうしてゼウスはダナエと関係を結んだのだった。

 ヘラは、ヴィーナス(アプロディテ)、アテネと並ぶギリシア神話中の美神トップ3に入る美しさを誇った。それでも夫ゼウスの心をつかもうとヴィーナスからあるものを借りる。美しい刺繍を施した黄金の帯「ケストス」。愛と美の女神ヴィーナスの持ち物「ケストス」は、どんな男も自分の虜にしてしまう魔法の武器。女神のトップに君臨する気位の高いヘラが、浮気を繰り返すゼウスの心をつかむためにする哀しいまでの女ごころ。

ティツィアーノ「ダナエ」プラド美術館

クリムト「ダナエ」ヴュルトレ画廊 ウィーン

オリンピック採火式

オリンピア ヘラ神殿

アグリジェント「ヘラ神殿」

パエストゥム「ヘラ神殿」

ロレンツォ・ロット「ヴィーナスとキューピド」メトロポリタン美術館

 乳房の下の帯がケストス

ジョシュア・レノルズ「ビーナスの帯を解くキューピッド」エルミタージュ美術館

 

ヴィジェ=ルブラン「アプロディーテーの宝帯を借りたヘーラー」個人蔵

アンドレア・アッピアーニ「アプロディーテのケストスを着けてもらうヘラ」個人蔵

アンニーバレ・カラッチ「ユピテルとユノ」ローマ ファルネーゼ宮殿

 ケストスを着けて、ゼウスを誘うヘラ

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